☆ あやまちたる宗教は地獄へ導く
此のお手紙は
私が此度、東北地方へまいりまして、久方振りに旧同信の方々や知友人達にお会いすることが出来ましたが、その中の一人で、私が若いころから、母の如くまた姉の如くに慕ってまいりました、そして私にとっては大変恩義のある、ひとりの老婦人に書き送りましたお手紙でございます。
此の老婦人は今、岩手県北上市に住んでおります。千古に絶えまなき北上川の清流とともに、その静かな河畔に朝タをおくっておられますが（私の老妻もおなじく此の北上河畔の者です）、此の地方は、昔から親らん聖人の教が盛んなところです。昔(鎌倉時代)幕府の政令によって念仏宗が禁断されたことから、表向きは禅宗で、内々は念仏を家の宗旨にしている土地です。
さて、
宗教は、精神の修養などとよく一般に申されますけれど。
宗教は、私達の永遠の生命と、断えまなき私達現身の生活の「培養源」でございます。
そして「あやまちたる宗教」が、私達の永遠の生命と、その生活とを深い地獄へとおとし入れるのです。
私は私の母人にも姉者にも等しき、この懐しく、いとしき人の、現当二世（現世と来世）の〝幸〟を思うにつけ（此度
養道にお導きいただきましたが）今は遠く相はなれ居ります故、せめてもの此の手紙を書くことになったのです。そして皆様に此のお手紙の謄写をお送りいたすのは、何程か皆様の御信心の御参考にも相成りませば、何よりと思うてのことで御ざいますが、書き続けるうちに、風邪に犯されまして、そのため中途半端のまま乍(なが)ら、一応この辺で、お送りすることに致しましたが、あと引きつづき書き送るつもりで御ざいますから、此の段何卒ご諒読下さらば幸甚に存じ入ります。
十月三十一日 菅原 国明 合掌
☆ 青年はあなたの生命の継承
二伸
なお、青年部の活動に皆様の一段の御協力を懇請いたします。青年部は今一生懸命の努力を致しております。青年は、あなた方の生命の継続であり、継承でもありましょう。合掌
謹啓
此度は多勢でまいり大変にご厚遇にあずかり、いつも変わらぬ御深惰に心あたたまる思いを致しました。厚くお礼を申し上げます。私達は皆、元気で帰着いたしましたから何うかご安心下さい。尚、実(恩師のご長男…故人)がまいったり、愚妻ものこしてまいり何かとお世話様のお事と存じ上げます。何分よろしくお願い申し上げます。当地もさすがに朝タはめっきりと涼しさがましてまいりました。さて、
世間で俗に門徒物知らずと申します。物知らずとは無知の別名です。その時人と生まれ、今日のお互いが無智では幸せは有り得ないでしょう。ここで言う「智」と言うことは、人間の知識もさることながら、仏さまの知慧の事です。
☆ 仏様とは元本の父母のこと…大み父母のみ心を心として
そして仏さまと申す事は、私達人間の元本の父母のことを申すのです。私達人間はこの元本の父母であられるみ仏のおんめぐみによって、この不思議の世界に生まれ来て、不思議の世界に、不思議の縁、いろいろのむすび合わせによって(生命を持続し、そして生活をいとなんでおりましょう。此のお互いの人生なるものは全く自己の意志によって、こうして人と生まれ、或は夫となり妻となっているのではないでしょう。これら凡て一切がみ仏様のみ計らいと考えねばなりますまい。その時私達人間は、この元本のみ仏、この元本の大み父母のみ心を心として、日々の生活に、いそしまねばならない。この事を知慧とは一口に申すのです。
かくすることを仏教では「回向」と申し、キリスト教徒は「回心」と申します。がこれは一つ事です。回向とは回って向かうと書きます。
☆ ゑこう…仏さまのみ心にまわれ右
その意味合いは、今日まで、浅はかな人間の了見だけで、生きてきたこの生き方を止めて、つまり、まわれ右をして仏様のみ心に向かいなおして、生きてゆく事をさして「ゑこう」とは申すのです。そして仏さまとは前に書いた通り私達一切衆生の大いなるみ父、大いなるみ母、つまり、大宇宙本源の父母のおん事でございます。このみ仏様な常に恒(つね)に私達の側近くにおはしますのでございます。段々と信心が進んでまいりますと、この事が凡てに手に取る如くにわかってまいるものです。次に
仏様のみ心と言うことです。
この仏様のみ心とは、一口に申すなれば、情の上では丁度私達人間の親心が、そのままみ仏のお心です。そして、
理の上では、大宇宙の憲法。丁度国に憲法があって、それをもといとして、国民が生活しているようなものであリます。
そこで私達人間は仏様の「み子」であります。
この凡夫の私達は、親なる仏様のみ心を、ふみにじり、生まれ変わり死に変わり、思いのままの生活を送って、つまり親不孝の限りをつくしてそして今日に至っているのであります。み仏のお心を無視したこの事のために、この事が悪業の因縁と相成って、自分の悪業で自分が苦悩しているのです。丁度親不孝のせがれと同じことであります。そこで今日の私達は先ず第一の生活の根本義として、この大不孝の罪業を、すなおに認めて、この罪業を、すなおに大み父母(み仏様)にお詫びをいたさねばなりません。このお詫びは必ずこれから後は、み仏様のみ心にそいたてまつる誓いと共に、お詫びをいたさねばなりません。これで回向でございます。
☆ さんげは怠らず行ずる…そこに神仏の恵みあり
これを梵語では
尼薩(びにさ)と申し、これを漢訳して懴悔とも申すのです。これ即ち、回向(かいこう)心、或は回心(かいしん)でございます。この行を朝タおこたりなく行う者は、必ずかならず神仏の御冥加(みょうが…知らないうちに受ける神仏の恵み、加護)がございます。何故におこたりなく行ずるかと申せば、私達は此の地球創始この方あまりにも多くの罪業をつみかさねたるが故であります。おこたらず行ぜねば許されません。そして私達人間がその子が如何に親に不孝の限りをつくしても、その子が真心からわびて、心を回して親の心に向かえば、一切を親は忘れるばかりでなく、かえって有りがたさやうれしさがこみ上げると同様でございます。
以上は粗末な解説乍(なが)ら「仏説」でございますから信ずべく仰ぐべきであります(さて、ここまで書いて読みなおしてみると、文章がへたでくどいようですが、何うか判読なされます様お願します)。
ついては、私達が生まれ変わり死に変わりして、多くの罪業をつくってある事を申しました。この事は現代の一般的考え方では一寸理解いたしかねる問題です。併しこれは本当です。私達人間は、自分でわかっていて造る罪も可成りありましょうが、併しこれはほんの少しばかりの罪と言っても過言ではない様です。私達が毎日毎日知らず識らずにつくってしまう罪が大変大きく、そして重い罪のようです。
例えば、全ての生物を犠牲にして人間は生活をしています。従って沢山の生物を殺して私達は生きています。宇宙の生成は弱肉強食ですから、これはやむを得んではないかと言えばそれまでです。けれども生命をたっとぶと言う事は、何の生物でも変わりありません。生命をおしむと言う事は人間だけではないのです。人間という、万物の長たるべき者としては、自然の憲法として他の生物に対して、常にあわれみを持つべき立場におかれてありましょう。その人間が自己の生命の保持の為の故に、あたかも当然であるが如き気持で、毎日毎日多くの殺生を敢(あえ)てして、少しもあわれみの情も感謝の気持も私達は持ちません。
☆ 小さき生命も仏の生命
而(しか)して本年はお米が一千三百万屯とれるそうです。換算すると八千八百万石程になりますが、これだけのぼう大なお米の山は実は一粒のお米の集まりでしょう。丁度それの如く、如何に小さな生命でも皆んなこの宇宙には絶対に必要な生命であり、この小さな生命が実は大自然というものであるのであります。即ち大自然の持つ偉大なる生命力は、これを善く善く分析してみる時、実は小さな生命の集まりの力であったのです。であるが故に、小さき生命でもそれは実は仏の生命であり、神の力であったわけです。一粒の米を粗末に取りあつかうことは取りも直さず八千八百万石の米を粗末にすることに通じ、一粒の米を大事にそして厚く感謝することは、とりも直さず偉大なる全収獲に対する感謝となりましょう。
☆ 不知不識のうちにつくりなす罪とががある…人間は他の生命を犠牲にしている
これはかこつけのへ理屈ではありません。古今を通じて言われていることてす。そしてこれはほんの一例の一例に過ぎません。一々書き並べればきりがなく大変ですから、ここでは省略しますが、私達は毎日毎日不知不識の内につくりなす罪とがは、おそろしい程に大変なものであります。それを一般大衆の私達凡夫は、丁度盲目が蛇におぢない様にして、やれ運がよかったとか、やれ運が悪くて不幸つづきとか、勝手きままを申しておるだけの話であります。
☆ 運…この天地の間にいて、自分で事を運ぶ
一体に運不運によって人生が決定するものであれば、人生はトバクの様なものでしょう。しかしながら此の大自然界は、一糸みだれぬ法則のもとに運行されておりましょう。例えば、春夏秋冬の如く、朝、太陽が東から出て夕べはチャンと西にかえるように、毛筋程もみだれなく営まれていましょう。而してその中にわれわれ人間もすべての生物も棲息しているでしょう。それなのにどうして人間だけが例外に運不運であり得ましょう。
かかる思想は物知らずの無知故といわねばなりません。そもそも運と言う字は「宀」(うかんむり…天地)と「?」(しんにゅう…地)の間に車が書いてありましょう。運と言う本当の意味は、私達が生まれ変わり死に変わりして、此の天地の間にいて、自分で事を運んであるという事です。
善き事を運べば良き事の証(しるし)があり、悪き事を運んであれば悪き事が運ばれてまいります。凡(すべ)て自分のした事であって、仏のしわざでも神の意志でも、悪魔の所為でもないのです。因果応報…これは大宇宙の憲法です。鉄の如き絶対的法則、これは釈迦も、弥陀仏も、キリストも破る事は出来ないのです。ですから親らん聖人も
「身は是れ悪業の塊(かたまり)であり、心は是れ蛇蝎の如し。」
とまで御自身の事をおおせられておられます。また、日蓮聖人も同様の事を言うておられます。即ち、この日蓮が数々の責めや難にあうことは、前世の悪業があるからである。お釈迦様も前世に常不軽と名(なの)られて御修業中の時代に、いろいろに悪口をされたり、打たれたりけられての苦難にあったのも、先業の所感である(前世の悪業が運(まわ)って来たのである)と仰せられてある位だから、此の日蓮などは、貧窮下賎の家の者と生まれ、旃陀羅(せんだら…部落民、穢多)の家の者である。
☆ 心こそ法華経をすこし信じたるようなれども…身は人身に似て畜身なり
心こそ法華経をすこし信じたるようなれども、身は人身に似て畜身也。魚鳥を丸(がん)じて赤白二渧とせり(日蓮聖人の先祖は、殺生を業とした。その祖先の殺生の血が、即ち畜身や魚鳥を殺したその悪血が、自分の赤血球、白血球と相成っておるの意)。その悪血の中に此の日蓮の身の神(たましい)をやどす。それは丁度濁れる水に清き月がうつった様に、糞嚢(ふんのう…くそぶくろ)に黄金をつつんだようである。
このような身心であるが故に、この身とこの仏を信じ奉る心と不相応であるが故に、世間の愚(おろ)かな人達が、この日蓮をあなずり馬鹿にするのも道理であると仰せられてあります。
此の様に、印度、中国、日本等の何れの聖人方でも、御自分の愚かさ、御自身の罪の深さと言うものを深く認めおられるようでありますが、それに反して、私達凡夫は、凡夫にかぎって、この自分の罪業と言うものを認めない様です。凡(およ)そ、まかぬ種ははえぬと俗に申します。原因なき結果は絶対にあり得ないでしょう。
「悟れるを仏と言い、迷えるを凡夫と言う」と仏典では誨(おし)えたまいます。(吾が悟)何事によらず一切合切、人のせいだ、運だ不運だと考えるものが迷える者、地獄行きの者と言うのであります。さて、その時、私達は一体どちらの方の心の持主でしょう。又どちらの方の心の使い方を多くやって来た自分でしょう。そこでおよその判定が自分自身でつく事と思います。
この国明は完全に判定負けの方で、ほとんどの点数はつかない事間違いがない。凡(およ)そ人間なるものが、自分で将来、地獄行きか、それとも極楽行きかの判定がつかないと言うことは、それは人と言うものではないのではないかと私は思うのであり、み仏様も、自分が将来の世、地獄の生活か極楽の生活かを、ちゃんと判定すべきである。それが本当の仏道の修行であり、信心の本当のあり方であると教えたまいてあります。それなのに、阿弥陀様に、たのんであるから、お願いしてあるから私はきっと極楽へ往って生まれる事が出来ると思うたり思わせたりは、物事の道理にそわない事であります。「仏法とは道理なり」とは仏様の金言であります。
地獄にしろ、極楽世界にしろ、それが有る無しは別の問題として、何れにしても他ならぬ自分自身の往くべき所である。他人が往くのであれば、それは見当がつかないのでしょうが、自分自身の見当がないと言うことは、言語道断と言わねばなりますまい。
☆ 幸せはそれだけの積み重ねによる
凡そ「幸」(しあわせ)と言うものは、頼んであるべきでなく、願うただけであるべきものでもないでしょう。幸せは必ずそれだけの積み重ねによって与えられるものでありましょう。お釈迦様も功を積み徳を累(かさ)ねて、仏と成る事が出来たのである事を経典に誨(おし)えたもうております。されば私達人間は、仏様の見方、仏様の知慧からご覧になれば、沢山の思い違いや、沢山の見当違いをしており、沢山の罪咎を犯しているのであります。
☆ 宇宙本源の父母がある…み仏は私達の父母
み仏は私達の父母であるのであります。それを仏さまとか、神さまとか、人間の方で名づけているだけであります。経典にも「我れはこれ世の父なり」とか、また、「此の三界は我が有(所有)なり、その中の衆生は皆悉く我が子なり」と申しております。
その時私達はすべて必ず父母によって地上の生をうけます。これは人間のみに限らず、有情非情鳥魚畜身畜虫、ゴマー粒に至るまで然りでありましょう。その父母に、またその父母あり。是の如く、宇宙本源の父母があるべきは、理として当然でありましょう。前に申しました通り、父母なき一切の生物はあり得ません。その本源の、或は元本の父母をこそ神とも仏とも申すわけですが、釈迦牟尼仏は、この私達の住む娑婆世界地球上の生物の父母にましますのであります。而して阿弥陀如来は、西方十万億仏土のはるか彼方の父であられます。と申すことは、凡そ人間には人間の父があり、国にはそれぞれの国に、それぞれの元首(父)がおいでられます。それの如く、宇宙の中のこの地球には、地球そのものの父がましまして、そしてこの地球上の私達に慈愛をたれたもうて居るのであることは、経典の明記であり、理としてもかなうことと思うのであります。
☆ 釈迦如来は一切衆生の大み父
この地球上の一切の生物の大いなるみ父(父は母をも代表する兼ねての呼び名です)は、丁度私達凡夫が我が子に対する愛情と少しも変わる事なき愛情、大いなる慈愛、いわゆる大慈大悲者であられます。ただ我ら人間と違う所は、人間の父母の様にメチャクチャな盲愛は決してないようでございます。偏(ひと)えに前に述べた宇宙の憲法(法…みのり)に従って、例えば太陽が一切を温めはぐくむが如く、私達に常に大いなる慈眼を以って、いつでも何処でもあまねく見守って在(おわ)すのでございます。その大慈大悲、全智全能者が、姿を人間に現わしたもうた方が、人間釈迦如来であるのです。
三千年前印度人となって出現せられたけれども、それは印度の釈迦如来にあらず、全人類一切衆生の大み父なる釈迦牟尼世尊であるのであります。ですから私達は、仏さまとか釈迦仏とか水くさい、へだたりの言葉を用いず、経文に従って、我が生みの父母を思い慕うごとく、大み父とよび上げているのでございます。
そして私達は、阿弥陀如来や大日如来を礼拝しないというのではないのです。然し阿弥陀如来や大日如来は、例えば、隣の家の父であり、他の国の元首の如くであります。私達は先ず第一に我が家の父、我が国の元首を以て、我が生活の本源と定むべきは理の当然でありましょう。釈迦如来は私達地球上の一切衆生の直接なる大み父にましますのでございます。さて、その時今より一千二百年前にかの、比えい山に、今日で言いますと、国家をせおうべき人材を養成する一大道場を建立した伝教大師が、十九才の時に書いた、天地への誓願文があります。その願文の中に御自身の事に就いてのべた言葉がございます。次の通りです。
☆ 愚が中の極愚、狂が中の極狂…伝教大師の懴悔観
「愚が中の極愚、狂が中の極狂、塵禿の有情、底下の最澄。上は諸仏に違い、中は法皇に背き、下は孝礼を闕(か)けり」
☆ 注釈…自分は愚者の中での一番の愚なものである。狂える者の中で最も狂える者である。そして知慧は一つもなく、丁度頭上にちり程の毛もないよう無智な有情(人間)である。従って人間として最下等の人間最澄である(最澄は伝教大師の幼名である)。
そして上は全宇宙の神霊にたがい、中は法皇でみ父である釈迦牟尼世尊にそむき、下は父母に孝礼を欠いて来た、大罪の自分であると言うのであります。
前にも書いた通り、何と大聖人、大哲人の方々は何れも自分というものの見方が斯の如くであります。私は信心当初、もと広島文理料大学教授であり、現真宗大学名誉教授である金子大栄先生(此の人は学者で、しかもまじめな信心者です。此の人が真宗大学で、阿弥陀如来は仮定の仏であるとの講演をして、東西両本願寺から一時問題になったとの事です)が此の人が書いた「伝教と弘法」という著作をいつも懐中して居た事があります。が前述の聖人方の信心の発心については後日機会を得て、あらためて申し上げますが、兎も角、私達人間はそれぞれ多くの罪業を無始より此方、幾百千万度と生まれ変わり死にかわりしてつくってまいっているのであります。私達はなかなかこれを信じようとしないのです。それで私は前に書いた通り、金子先生の著書である「伝教と弘法」と言う小冊子を、常日頃懐中しておって、自分に疑惑が起きれは、この小冊子を読みよみしてまいったのですが、その中の伝教大師の願文に左の文句があります。これもついでに御参考に書きそえます。
☆ 善なくして苦を免(まぬ)がる、この処あることなし
法皇牟尼は
大海の針と妙高の線を仮りて人身の得難きをたとえ
古賢禹(う)王は一寸の蔭半寸の暇を惜しんで一生の空しく過ぎんことをなげけり
因なくして果を得る、この処(ことわり)あることなく善なくして苦を免(まぬ)がる、この処あることなし
乃至
この故に未曾有因縁経に云わく、
「施す者は天に生まれ、受くる者は獄に入る」と。
提偉女人の四事の供は、末利(まり)夫人の福と表れ、
貧着利養の五衆の果は、石女となりて輿(こし)を担(かつ)ぐの罪と顕(あらわ)る。
明らかなるかな善悪の因果、
誰か慙(ざん)ある人にして、此の典(のり)を信ぜざらんや。
然れば則(すなわ)ち、
苦の因を知りて苦の果を畏(おそ)れざるを、
釈尊は闡提(せんだい…悪魔)と遮(しゃ)したまい、(極楽への道をさえぎる)
人身を得ながら徒(いたず)らに善業を作さざるを、
聖教に空手と嘖(せ)めたまう。(手のない者が宝の山に入っても宝はとれない)
ここに於て
愚が中の極愚、狂が中の極狂、
塵禿の有情、底下の最澄、
上は諸仏に違(たが)い、中は皇法に背(そむ)き、下は孝礼を闕(か)けり。
謹みて迷狂の心に随い、三二の願を発す。
以上。
☆ 施す者は天に生まれ、受くる者は獄に入る…最澄の願文に敬服
最澄(伝教大師の幼名)十九才の折の発願文め一節ですが、ただただ敬服感服の外ありません。が、この単に人間に生まれて来る事のなかなか容易でないことを書いてあります。例えば大平洋のまん中に、木綿針を一本しずめて、それをさがし当てるよりも、また、高い高い山の上より糸をたらして、地上の針の穴へその糸を通すよりも、人間に生まれる事の難しさを教え誨(さと)したまうてあります。私達はその人間に生まれさせいただきながら、日々ただただ我利我欲にのみ馳せまわるすがたは、哀れにも必ず必ず地獄の責苦であり、世のため人のため施す者は、世々生々に天(幸福者)となることを、実例を挙げて誡(いまし)め下されてあります。
☆ 明らかなる善悪の因果
その実例…提偉夫人はお釈迦様以前の時代のお話ですが、此の夫人は若くして夫に死別。しかも最愛の一人の子供にまでも先立たれ、全く世を悲んで出家して「尼僧」となり、或る高徳の菩薩のお弟子になりました。ところが、自分より先に入門していた五人の男の弟子(五衆)が居たので、この五人の兄弟子達にすすぎ洗濯やらお食事のお世話やらその他生活上の一切のお世話を一心に致しました。けれどもこの五人の男の弟子達は皆なよからぬ人物共で、仏弟子に名をかりて、ひたすら五欲にほだされ、利養にのみ日を送る者どもでありました。提偉夫人は大変利発な婦人であり、ただただ仏道にのみ深く志すお人でありましたので、よからぬ彼等五衆につかえる事は、即ち彼(か)の高徳の菩薩さまにおつかえ申し上げるなりと心得て、彼等の悪行のために少しも自分の心持ちをみだすことなく一生をつかえ通して、そして、その提偉夫人も、また悪行の五衆も共に共に此の世の一生を終わりました。けれどもこの提偉婦人はその功徳によって、皇女(末利夫人)に生まれ、かの悪行の五衆は、石女(うまずめとよむ。即ち男とも女ともつかぬ不具者)に生まれ、しかもかの皇女のみ輿(こし)をかつぐ下賤の者とは生まれでたと言うのであります。ほんとうに明らかなる善悪の因と果であります。
こういう不具者の実例は現代にも沢山あるとの事ですが、去る昭和三十三年四月十二日の読売新聞の記事を左に御紹介しましょう。
「昨年九月阪大産婦人科で“男性”と診断され国体参加を中止されたことから話題となった“女子砲丸投げの花形”三重県度会郡小侯町日紡宮川工場勤務三本木登志子さん(二十一)(栃木県那須郡黒磯町出身)は、その後休暇をとって伊勢市の友人宅で休養していたが、十一日同工場に現われ半年ぶりで練習をはじめた。
性転換とともに会社側は三本木さんの退職を期待し、もめていたが、会社がこのほど引続き雇うことで問題が解決、近く手術で“完全な男性”となったうえ短距離選手として再出発したいと決心したという。
長い間の心の痛手でまだ調子は出ていないが、「手術で男に生まれ変わったら三、四年かけても短距離選手になりたい」と三本木さんは希望を語った。(以上読売新聞記事)
☆ 父母に孝養し、師長を恭敬する…これを第二の懴悔の法を修すと名く
さて此の選手もどうやら前記の石女であったようですが、これは先業(前世の罪業)の現われであって、決して運、不運によるものでない事を私達は仏説に随って学び取るべきでありましょう。そして此の如く私達の生活上に日々に生まれ出るすべての出来事は、それが善きにつけ若しくは悪しきにつけ、一切が過去に於て自身が行ったその業(しわざ)が現われくるものであることを、よくよく認めねばなりません。従って私達はお互いの身辺に現われる所のいろいろの不幸や不祥事を心配し心痛する前に、先ず以って私達現時の人間には、太古より以来、無数の罪業ある事を、前説の諸聖人がお認めになっておらるる如く、そのみ教えに随順して大み父久遠実成の釈迦牟尼世尊並に私達多くの御祖先に向かって、素直に、そして誠実に、朝タ懴悔をせねばなりません。その時如何なる重罪も滅して、現世には多幸を得、後世には必ずや安楽世界が約束されます。これは私の説ではありません。仏説です。なお、詳しくは次便で申し上げます。ではお大切に。
南無先祖
養道 南無先祖養道 南無先祖養道昭和三十七年十月三十日 菅原国明 合掌
☆ 懴悔の法を修習…この人は諸仏に護助せられ…
☆ 参 考 経 文
① 普賢、若し後の世に於て是の経典を受持し読誦せん者は、是の人復衣服・臥具・飲食・資生の物に貪著せじ。所願虚しからじ。亦現世に於て其の福報を得ん。(普賢菩薩勸發品)
② 大乗真實の義(真の實義)を思うに因るが故に、百萬億阿僧祇劫の生死の罪を除却しき。此の勝妙の懴悔の法に因るが故に、今十方に於て各佛となることを得たり。(行法経)
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